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東京高等裁判所 昭和51年(ラ)249号 決定

抗告人

稲木延雄

外八名

右九名代理人

矢内原泉

相手方

株式会社川崎パブリツクコース

右代表者

佐藤兼蔵

右代理人

戸田孔功

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人らの負担とする。

理由

一抗告人ら代理人は、「原決定を取り消す。相手方は、抗告人らに対し、ゴルフコースの使用につき、スタートの予約、使用料金の割引及びロツカーのの継続使用等の取扱をなし、メンバー(後援会会員)として優遇をしなければならない。手続費用は全部相手方の負担とする。」との裁判を求めた。

抗告人らの抗告の理由は、別紙(一)記載のとおりであり、これに対する相手方の主張は、別紙(二)記載のとおりである。

二本件記録によれば、次の事実を一応認めることができる。

(一)  相手方会社は、昭和二九年五月二二日株式会社新川崎ゴルフ倶楽部という商号で設立され、当時多摩川を管理していた神奈川県知事の占用許可を得て、神奈川県川崎市幸区小向古市場先の多摩川右岸河川敷地に、一八ホールのゴルフコース(以下本件ゴルフ場という。)を建設し、同年一一月頃から本件ゴルフ場の経営を開始したが、右ゴルフ場開設に当り、同年七月、入会金一二万円で新川崎ゴルフ・コース後援会(以下本件後援会という。)の会員(メンバー)を募集し、抗告人稲木、同大江、同上條、同高林、同桃井はいずれもその頃これに応募して、右会員となつたもの、抗告人二宮、同宮内はその後会員からその権利を譲り受けて、右会員になつたもの、抗告人戌亥、同土肥はその後の第二次会員募集に応募して、右会員になつたものである。

(二)  右会員募集の際用いられた「入会申込書」には一九条からなる「新川崎ゴルフ・コース後援会規定」が印刷されており、「今般貴会社ゴルフコースの後援会の規程を承諾の上申込みます」という文字も印刷してあつた。

右規定によると、コースの運営は相手方会社において一切を行い(第一一条)、本件後援会の代表者は相手方会社の代表者がこれに任じ(一二条)、役員会も相手方会社の役員で組織することとされ(一三条)、会員となるためには右役員会の承認及び相手方会社の定めた入会金を支払うことになつている(四条、五条)。右の他右規定中には会員権の譲渡についても相手方会社の承認を要し(六条)、一定の事由ある場合には、相手方会社の役員会の決議により会員を除名できること(一〇条)、右規定の改正は役員会の決議を経ること(付則一七条)、右規定の条項に疑いを生じたときは役員会の解釈によること(付則一八条)等の定めがあるが、総会に関する条項等会員による多数決の原則が行われることをうかがわせるような定めや財産の管理に関する準則などは全く欠けている。

(三)  ところで、相手方会社は、本件ゴルフ場を開場して以来、本件後援会の会員に対しては、本件ゴルフ場を一般の利用者(ビジター)に優先して利用させ、特にスタートの予約、コース及び練習場の使用料金の割引並びにロツカーの継続貸与等の便宜を与えてきた。

(四)  ところが、昭和三九年河川法(同年法律一六七号)が制定され、多摩川が同法四条の一級河川に指定されたため、同河川の管理が神奈川県知事から建設大臣に移るに至つたが、その頃から公共用物である河川敷地を一部の私人が排他的に占用することに対しては、国会をはじめ各方面からの批判が高まり、このようなことから建設大臣は、昭和四〇年六月一日、河川審議会に対し河川区域内の土地の占用許可の方針について諮問をし、同審議会は、同年一一月一〇日、これに答申したが、その答申においても、河川敷地は公共用物として、本来一般公衆の自由なる使用に供されるべきもので、原則的には他の占用を認めるべきでないとされ、特に、公園緑地等が不足している都市内の河川敷地で、一般公衆の自由なる利用を増進するため必要があると認められるものについては、公園緑地及び広場並びに一般公衆の用に供する運動場のためにする占用に限つて許可すべきであるとされた。右の諮問を受けて、多摩川についても、昭和四一年度を初年度とし三箇年を目途とする河川敷地の開放計画(第一次計画)が策定、実施され、更に昭和四九年度を初年度とする河川敷地開放四箇年計画(第二次計画)が樹立されるに至つた。そこで、多摩川河川敷地にある本件ゴルフ場を含む三つのゴルフ場はいずれも順次占用許可面積が縮少されてきており、相手方会社においても、昭和四三年一二月三一日をもつて占用期限の切れた一一万九四〇五平方メートルについては新たな占用許可を得ることができず、国に返還を余儀なくされ、そのため本件ゴルフ場は一八ホールから九ホールに縮少された。しかも、建設省は、河川敷地を占用しているゴルフ場においては、会員(メンバー)に優先的にコースを利用させるいわゆる会員制を廃止して、一般人(ビジター)に平等に利用させるいわゆるパブリツク制にすべきであるとして、その趣旨に沿つた行政指導を行い、右のような状勢のもとでは相手方会社も右行政指導を受けいれざるをえなくなり、昭和四三年一二月、本件ゴルフ場を右のいわゆるパブリツク制とすることにし、同月三一日商号を現商号(株式会社川崎パブリツクコース)に変更した。これにともない本件後援会の役員会(構成員は相手方会社の役員が兼任)を開催して、本件後援会の解散を決定し、抗告人らを含む会員にその旨通知した。しかし、退会を希望する会員に対しては入会金を返還するが、なお退会を希望しない会員に対しては旧会員ということで、従前の会員に準じて優遇処置は続けることとされた。ところが、昭和四九年になると、建設省は、昭和五〇年三月三一日に占用許可の期限の切れる九ホールの本件ゴルフ場21万0523.75平方メートルのうち、五万五一四〇平方メートルについては同日後の占用を認めない方針をとることがうかがわれるに至つたので同年一二月、相手方会社は、なお優遇取扱をしてきた抗告人らを含む先のいわゆる旧会員に対し、本件後援会はすでに昭和四三年一二月に解散されたものであるから、昭和五〇年三月三一日までに退会手続をとること、同日経過後は一切従前のような優遇取扱はできないから、一般のいわゆるビジターと同様の取扱となる旨通知した。そして、相手方会社は、結局前記五万五一四〇平方メートルについては占用許可を得られなかつたが、右部分につき占用許可が得られないと本件ゴルフ場は更に四ホールの廃止を余儀さくされるため、建設省関東地方建設局長を被告として、右の部分の不許可処分取消訴訟を提起し、現在なお係争中であり、本件後援会の解散を認めず退会手続をとらない抗告人らに対し、昭和五〇年四月一日以後は先の優遇取扱を一切していない(なお本件後援会の会員は六八六名にのぼつていたが、昭和五〇年一〇月三〇日現在で六四六名が退会届を提出した。)。

三右認定した事実に基づき考えるに、本件後援会は、「新川崎ゴルフ・コース後援会規定」なる準則を備え、会員という構成員を有し、代表者の定めがあるものの、右代表者をはじめ役員はすべて相手方会社の役員が兼任し、その意思決定は相手方会社の役員会ないし本件後援会の役員会がすべてなすことになつており、会員の組織する総会の定めはないし、右の意思決定機関が会員の意思に基づいて成立するよう組織されているわけでもないから、会員による多数決の原則が行われているとは到底いえないばかりでなく、財産の管理についての準則もないのであるから、社団として成立するための主要要件を欠いており、相手方会社と独立してその存在を認めるに由ないものである。

そうすると、本件後援会の会員と本件後援会との間に法律関係を生じる余地はなく、本件後援会に入会した者の法律関係は相手方会社と会員との間に直接生じるものと解すべきである。そして、その法律関係は、会員は相手方会社に入会金を支払う義務を負い、相手方会社は、会員が預託した入会金を自由に使用できる反面、会員が退会するときはこれを返還することを要し、かつ、会員に対し、ゴルフ場の施設を一般の利用者(ビジター)に優先して利用させ、施設の使用料金を割り引く等の給付をなすべき義務を負うものと解すべきである。しかし、本件においては、相手方会社が本件後援会の会員を募集した当時全く予見し得ないような国の河川敷地の占用許可に関する政策の変更が生じ、その変更は相手方会社の意思に関係のない国の政策に由来するものであり、その結果相手方会社になお会員に対する先の優先的取扱を契約責任として強制することは信義に反するに至つたものというべきであるから、相手方会社は会員との右契約関係をいわゆる事情変更により解除することができるものと解するのが相当である。そして、相手方会社は、昭和四九年一二月、抗告人らに対し、先に認定したような事情から優先的取扱ができなくなつたから、昭和五〇年三月三一日までに退会手続をとること、同日経過後は一切従前のような優先的取扱はしない旨通知したのであるから、右は相手方会社が抗告人らに対し右の事情変更による解除の意思表示をしたものと解すべきでありそうすると、相手方会社と抗告人らの先の法律関係は右解除によりすでに消滅したものというべきである。

よつて、本件仮処分申請は被保全権利が認められず、保証を立てることによつてこれに代えさせるには事案の内容が相当でないものと認められるので、その余の点を判断するまでもなくこれを却下すべきものであり、これと結論において同一の原決定は結局相当であるから、本件抗告を棄却し、抗告費用は抗告人らに負担させることとし、主文のとおり決定する。

(小山俊彦 山田二郎 堂薗守正)

別紙(一)、(二)〈省略〉

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